相手の立場にたつということ
3.相手を知る
さて、相手の方と打ち解けて、いい雰囲気で話ができる状態になったと確認できると、つい人は、こちらのスタンスで、自分の用件を切り出すものです。もちろんそれで上手く相手に合意、納得していただけることも多いでしょう。でも、その前に、少しだけ相手の考え、気持ちをきくというプロセスを入れると、どんな効果があるでしょうか?
たとえば、国際線のファースト・クラスのお客さまを担当するスチュワート、スチュワーデスを考えてみましょう。彼ら客室乗務員は、数時間の運行中、お客さまが快適にお食事をしたり、寛いだり、お休みになるために必要なさまざまなお手伝いを、細心の配慮に基づいて遂行します。お客さまも、当然、その支払った対価に相当するだけのサービスか、無意識のうちに採点していますから、客室乗務員に要求する水準も、自ずと高くなりますね。
お客さまが乗機して席につくと、彼らはまず、ご挨拶にやってきます。これは、前のセクションでみた“話のできる関係を作る”プロセスです。自己紹介をしたり、この飛行機が目的地につくまでどのように運行されるか、時間はどのくらいかかるか、などを話しつつ、こちらにも問い掛けてきます。今回の旅は仕事かバケーションか、目的地には何度か行ったことがあるのか初めてなのか、向こうではどう過ごすのか、どこに滞在するのかなど、こちらが興味をもっているはずの話題をもちかけ、口を開かせます。そうこうするうちに、シャンパンが振舞われ、さらに心理的な距離が縮まり、打ち解けた雰囲気になってきます。
さて、ちょっとした前菜とともにお食事のメニューが配られます。ファースト・クラスといっても、機上で好みの料理を作ってもらえるはずはなく、せいぜい4,5種類のなかから選ぶことになります。ワインも、赤、白、ロゼそれぞれが数種類ずつ用意されている程度です。
ここでの客室乗務員の仕事は、この限られたメニューで、いかにお客さまに満足していただくか、にあります。
もしここで、“お食事とワインは、これこれがご用意できますが、いずれがよろしいでしょうか?”と言ったらどうでしょうか?別に何のトラブルも起こらないでしょうね。現に、他のクラスのお席では、日常行われているコミュニケーションで、だからといってなんの不都合も起こっていませんから。
でも、もし、話をそのようにはもっていかず、次のようにしたらどうでしょうか?“お食事は、どのようなものがお好みですか?”“これから2週間も日本を離れるようですから、日本食を、というご希望がございますか?”“ワインは赤でも、軽やかなもの、しっかりとした渋みがあるもの、フルーティーなものなど、どういったものがお好みですか?”
相手の方と打ち解けて、いい雰囲気で話ができる状態になったと確認できると、つい人は、こちらのスタンスで、自分の用件を切り出すものです。“お食事とワインは、これこれがご用意できますが、いずれがよろしいでしょうか?”という話の進め方は、この例です。
もちろんそれで問題なく相手に合意、納得していただけることも多いでしょう。機内食などこんなものだ、という認識がお客さまにもありますから、これでも十分かもしれません。
でも、その前に、少しだけ相手の好みや、気持ちをきいてあげて、それを受けて話を進めていく、ということをするとどんな効果があると思いますか?
一方的にオーダーをとるのと異なり、こちらの立場にたってコミュニケーションをしてもらっている、とまず感じるでしょう。また、機械的にではなく、きちんと個人として受け止めて対応してくれているという印象をもつでしょう。押し付けられているのではなく、あくまでも主導権はこちらにある、このように応対してくれる方ならプロとして信頼できる、いずれ限られた選択肢の中から決定しなければならないけれど、このように配慮してもらえるのならこの状況としては満足だ、というように感じる方が多いと思います。
もちろん、通常、このようなことをはっきり意識しているお客さまは、多くはありません。ところが、無意識に感じていたり、あるいは、そのようなことに配慮して下さる別の方にお目にかかった時、その差、違いに気づくのです。
そして、このプロセスで相手から得られた情報に基づいて、次のプロセスで、それに応えていきます。