相手の立場にたつということ
2.話のできる関係を作る
初めてお目にかかる方とコミュニケーションを始める時、皆さんはどうなさいますか?相手の目を見る、微笑む、すこし近づいていく、頭をさげたり言葉に出して挨拶をするなど、こちらが危険のない人物であなたとコミュニケートしたい、ということを、雰囲気、態度、表情、言葉で伝えますね。そして、ここで扱うビジネス・コミュニケーションや、日常のコミュニケーションでも目的がある時など、なるべく短い時間に、友好的、効果的にことを進めていきたい場合、皆さんは、引き続きどんな働きかけをしていますか?
どなたでもよくなさるのは、当り障りのないお天気や気候を話題にして、相手が警戒心を解き、スムーズに口を開いて下さるようにもっていくことでしょう。“会話の潤滑油”という言葉がありますが、これは、お天気やちょっとした時候の挨拶、今話題の誰でも知っているトピックス、その方が興味をもっていそうな話題、二人が共通に知っている身近な方のことなどを、こちらから持ち出して、相手がそれに応じて口を開いて下さることを目的としています。
よく、初対面の方には、いきなり本題に入らず、世間話の一つでもして打ち解けようとするのは、あくまで相手がこちらに対して無意識にもっている構え、こちらが一体何者なのだろうという軽い警戒心を解くのに効果的だからです。そして、そのためには、相手が言葉を返せるような話題を提供して、相手に口を開いてもらわなくてはなりません。人は、自分が口を開くと、リラックスし、対人関係の距離を縮め、打ち解けます。そこがポイントです。
同じような話題を提供しても、もし、こちらが一方的にしゃべりきってしまい、相手に口を開く間を与えないとしたら、よけいに警戒心を与え、対人関係の距離は開いてしまいます。飛び込みでやってきた営業マンが、こちらがドアを開けるや否や、飾ってある絵や花、調度品を褒めちぎるような経験をなさったことはありませんか?そんな時、褒められることは気持ちいいはずなのに、逆に軽い嫌悪感を持つ方も多いようですが、同じようなことをしてしまわないよう、気をつける必要がありますね。
また、こういった潤滑油としての"世間話"は、相手によって、たっぷりとした方が効果的な方と、なるべく早く本題に入った方が効果的な方がいらっしゃることを、今までの体験からお感じになっている方もいらっしゃることと思います。
では、それをどう見極めるかですが、初対面の時に、皆さんがお話になることに対して、“もっと話してくれ”とか、“いい加減に切り上げて、さっさと本題に入ってくれ”と口に出しておっしゃる方は、そうはいらっしゃいません。ですから、相手のちょっとした表情の変化や、体の動き、雰囲気を感じ取りながら、臨機応変に対応していくことが必要です。こちらのスタンスで推し進めては、相手の立場にたっているとはいえませんし、話のできるいい関係を作ることはできません。
とはいえ、初対面では、こちらも緊張していますし、初めてお目にかかる方の言葉にならないメッセージをどれほど的確に判断できるか、難しいと思われる方もいらっしゃるでしょう。何かヒントになることがないものでしょうか?
そこで思い出していただきたいのが、第一章Tでお話ししたソーシャル・スタイルです。ソーシャル・スタイルでは、思考表現度と感情表現度という二つの軸で、人の行動パターンを観察し、快適に感じる言動、コンフォート・ゾーンを知ることを学びました。この二つの軸のうち、感情表現度が、実はこれに関係してきます。 感情表現度とは、まわりの方から見て、その方が、どのくらい自分の感情を表しているか、または、他の人の感情を理解しているとわかるか、ということの度合いでしたね。これが高い方、つまり、エミアブル/協調派とエクスプレッシブ/感覚派には、本題に入る前にたっぷりと時間をとると効果的です。逆に、これが低い方、つまりアナリティカル/思考派とドライバー/行動派には、短めに切り上げることを心がけてみて下さい。
以前セミナーに参加された、熱心な営業担当の女性が、何度通っても打ち解けて微笑んで下さらないお客さまに悩んでいたことがあったというのです。そこで上司に相談すると、仕事の話に入る前に、お客さまが微笑むまで、しばらく世間話を続けるように、というアドバイスがあり、それに従って、訪問するたびにそれこそ熱心に世間話をするのですが、お客さまはにこりともしなかったそうです。そこでまだ足りないと考え、ある時、小一時間もたっぷりと試みたところ、とうとう怒られてしまったそうです。ちなみに、彼女はエミアブル/協調派、お客さまはドライバー/行動派でした。ドライバー/行動派の方は、世間話に時間をかけるより相手の能力を知りたがりますし、打ち解けたことを示すのに、微笑むより身を乗り出して本題を聞く体制に入るという態度を取ることがままあります。
いずれにしても、こういったガイドラインをもっていると、こちらも対応に少し余裕がでますね。その上で、実際の場面では、さらに相手の言葉にならないメッセージに敏感になっていただき、適切に対処して下さい。エミアブル/協調派だって、時間がなくて一刻も早く本題に入ってほしいと思う時もありますし、ドライバー/行動派でも、すこし世間話でなごみたいこともあるでしょう。
さて、相手が警戒心を解き、スムースに口を開いて下さるために、つまり相手がこちらに対して無意識にもっている構え、こちらが一体何者なのだろうという軽い警戒心を解くのに効果的なこととして、他に何があると思いますか?これを考えるには、立場を変えてみて下さい。つまり、皆さんなら、相手がどういうことを言ってくれたら打ち解けて話を進めよう、という気持ちになるでしょうか?
私なら、話の意図、目的を最初に明確にして下さる方とはお話をしたいと思います。よくわからないままに、"お時間をいただけますか?"ときかれるのは、対面でも、電話でも、実際返答のしようがありません。目的をはっきりおっしゃらない方が多い中で、これをはっきりおっしゃって下さる方は、仕事であればプロとして尊敬しますし、プライベートであれば、たいへん好感が持てます。調査でも、これを最初に明確に表現することがいい結果につながる、ということがわかっています。
またそれに続いて、自分が今後どのように仕事やその関係を進めていくのか、そのやり方、方針、基本的な態度までおっしゃっていただけると、敬意を表してしまいます。こういう方となら信頼してお付き合いをしていかれる、と思うのです。
目的や今後の進め方などをお話下さるということは、これから自分に何が起こり、何が期待されているのかが、コミュニケーションの初めに把握できますから、安心して警戒心が解けるのです。皆さんは、いかがですか?
また、初めてお会いする際には、どんな形であれ、自己紹介をしますが、日頃、無意識に行ってしまっていることが多いのではないでしょうか?これも、自分の話したいことを話すのではなく、相手が知りたいことに焦点をあわせるといいですね。仕事の場面であれば、仕事の相手としてふさわしい能力や経験があることを、相手の方は当然知りたいことでしょう。とはいえ、十分な能力や経験がまだないうちに、お客さまに相対する場面もあることと思いますが、そんな時は、どうなさいますか?また、プライベートであれば、その場その場でふさわしい自己紹介があるはずです。工夫次第で、自己紹介ひとつでも、グッドコミュニケーターになれるのです。
さらに、こんなこともありました。ある電気メーカーの、海外向けプレゼンテーション・スキル研修の参加者がお話し下さった体験です。その方はさまざまな国のお客さまが相手で、必ずしも几帳面にこちらの話を聞いて下さる方ばかりではない上に、こちらの英語は十分に流暢であるとはいえず、魅力的なユーモアも、はっとさせるような気のきいたことも言えなくて、プレゼンテーションがスムースにいかず悩んでいました。ところが、ある時からこんな工夫をしてみたら、急に聞き耳を立てていただけるようになり、ビジネスもうまく運ぶようになったそうです。
それは、皆さんにも役立つ簡単なことですので、ご紹介しましょう。プレゼンテーションの初めに、彼も定石どおり、会社紹介や自己紹介をし、今日の話の目的や進め方、時間配分についてお知らせするのです。ところが、このあたりは、皆さんも経験があるのではないかと思いますが、聞いている方は、真剣に参画して下さるなどということはまれで、たいていは聞き流されてしまうか、あるいは、頭の中はまだ前の仕事を引きずっていて、聞くことさえしていただけないことが多いのだそうです。
そこで、彼は、自分の方から一方的に話すのではなく、問い掛けることを試してみました。彼は、“皆さん、私の会社がどんな会社で、担当である私がどんな人間か、取引をして大丈夫な相手なのか、少し不安をお持ちではありませんか?”“予定されている2時間はどのように進められるのか、質問の時間はあるのだろうか、休憩は入るのか、など気になっていらっしゃるのではありませんか?”というように。すると、今までぼんやりとしていたお客さまが、急にこちらを向いたり、頷いたりという反応を示すようになったというのです。つまり、相手が持っているだろう不安や、聞きたいだろうと思っていることをこちらから表現し、それに答える形で話し始めるのです。人は、こちらがしゃべりたいことには興味を示さなくても、自分が知りたいことに答えてくれるならば、聞く耳を持ちますね。彼のこのやり方は、相手の立場にたったコミュニケーションの、効果的な方法のひとつです。
以上は、初対面の方を想定してお話ししましたが、日常ご存知の方でも、コミュニケーションの初めに、二人の関係がギクシャクしていないかどうか、相手がこちらに何か不信感のようなものをもっていないか、心に壁を作っていないか、などをさりげなく感じ取り、打ち解けて話せる状態かどうかを確認します。もし何か気にかかることがあれば、この時点で解消しておくと、あとに続く会話は滑らかに流れるようになります。